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高松高等裁判所 平成3年(ラ)4号 判決

抗告人

有限会社新居孵化場

右代表者代表取締役

新居敏生

右代理人弁護士

中西一宏

髙田憲一

相手方

株式会社ベッケイ

右代表者代表取締役

安部榮

右代理人弁護士

濱田英敏

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一抗告の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

二一件記録によれば、抗告人は鶏卵を孵化し雛鳥の販売を業とする者で、訴外大分食鳥株式会社に雛鳥を販売してきたところ、大分食鳥が平成二年三月一六日倒産し、他にみるべき資産もないのに、成鶏七万七七五七羽を廉価で相手方に売却したので、これを詐害行為として取消し、かつ相手方がすでに転売しているので価額賠償を求める旨の訴を抗告人の住所地を管轄する徳島地方裁判所阿南支部に提起したのに対し、相手方は民訴法三〇条及び三一条により自己の住所地を管轄する大分地方裁判所中津支部に移送するよう求めたこと、原審は右申立てのうち民訴法三〇条による申立てには理由がないが、同法三一条による申立ては理由があるとして移送決定をしたので、抗告人から不服申立てがされた事実が認められる。

三そこで考えるに、詐害行為取消の訴の民訴法五条に関する管轄については、取消の対象である法律行為の義務履行地か、取消によって形成される法律関係についての義務履行地かということで説の分かれるところであるが、たとえ後者と解するにしても、本件取消によって形成される法律関係は、相手方(株式会社ベッケイ)の大分食鳥株式会社に対する売買目的物返還に代わる価格賠償に関する権利義務であって、大分食鳥の債権者である抗告人(原告)と相手方ベッケイとの間の実体上の権利義務が形成されるものではない。ただ、訴訟上原告(債権者)が被告(受益者)に対し直接物の引渡或はこれに代わる価格賠償の請求をすることを許すのは、本来受取るべき債務者が物の引渡或は賠償金の受領を拒絶することのあるのを虞ってのことであって、債権者たる原告が取消の結果被告に対し実体上の権利を取得するからではない。右の理は、取消の効果が相対的であると解しても債権者たる原告との関係においては、被告(受益者)が債務者に対し義務を負うということには変りがない。

そうであれば、本件は、相手方ベッケイの本店が大分県別府市にあり、債務者大分食鳥の本店は大分県宇佐市にあり、本件売買も右いずれかの本店所在地で行われたものと推認されるから、右売買を取消すことによって形成される売買目的物返還義務又はこれに代わる価格賠償義務の履行地は、これを持参債務とみて大分食鳥の本店所在地(宇佐市)であるといわざるを得ない。

したがって、本件詐害行為取消の訴の管轄権は、被告(受益者)ベッケイの本店所在地の大分地方裁判所本庁(民訴法一条)及び義務履行地たる大分食鳥の本店所在地の同地方裁判所中津支部(同法五条)が有するものであり、原告(抗告人)の本店所在地の徳島地方地方裁判所には管轄権がないというべきである。

よって、原裁判所が本件を右二個の管轄裁判所のうち中津支部に移送したことは違法ではないから、これを同裁判所本庁に移送すべきであるとして争うならとも角、徳島地方裁判所で審判すべきであるとの抗告人の主張は採用の限りではない。

以上の次第で原移送決定は結論において相当であり本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官安國種彦 裁判官山口茂一 裁判官井上郁夫)

別紙抗告の趣旨

一 原決定を取消す。

二 相手方の移送の申立を却下する。

との裁判を求める。

別紙抗告の理由

一 抗告人(以下原告という)は相手方(以下被告という)に対し、訴外大分食鳥株式会社(以下大分食鳥という)が被告に対しブロイラー成鳥多数を売り渡した行為は、原告を始めとする被告の債権者を害することを知ってした詐害行為であることから大分食鳥・被告間の右ブロイラー成鳥売買契約を取消すとともに、ブロイラー成鳥に代わる価格賠償金の支払を求めて、右支払義務履行地の土地管轄を有する徳島地方裁判所阿南支部へ訴を提起したところ、被告は本件を大分地方裁判所中津支部に移送されたい旨申立てた。

二 徳島地方裁判阿南支部は、平成二年一二月二五日、被告の前記申立のとおり、本件訴訟を大分地方裁判所中津支部へ移送する旨決定し、同決定は同月二七日抗告人代理人に送達された。

右決定は、大分食鳥の破産という特殊事情下においてブロイラーという生き物を取扱う営業の特殊性から早期処分の必要があったため本件売買契約が締結されるに至ったとする被告の主張を前提にして、本件訴訟の争点は詐害意思の有無及び価格賠償額如何であるととらえ、その上で本件審理に必要な証拠資料は徳島地方裁判所阿南支部の管轄区域内にみるべきものはなく、右証拠資料は大分県宇佐市周辺にあると推察されるため、徳島地方裁判所阿南支部で審理するときは当事者その他の関係人に著しい損害を発生させ又訴訟を遅延させる原因になることを移送の理由付としている。

三 しかしながら、企業の破産にあたって破産者が一部の債権者のために商品を引渡すなどしてその利益をはかり他の債権者に損害を負わしめることは社会経験上往々に見られるところであり、本件においても、大分食鳥と被告間のブロイラー売買代金は極めて低廉に設定されていること、被告は右売買代金債務を大分食鳥に対する売掛金債権と相殺することにより、同社に対する債権者の中で唯一その債権を回収していることなどから大分食鳥と被告が通謀して他の債権者を害することを認識しながら本件売買契約を締結したことは明らかであり、原決定は右事実を考慮することなく、破産にあたっての特殊事情を強調する被告の主張にいたずらに与し、これを前提にした判断であって正当とは言い難い。

四 さらに本件の争点である詐害意思の有無及び価格賠償額の具体的立証について述べるに、まず詐害意思の有無に関しては、既に抗告人において、徳島地方裁判所阿南支部宛の平成二年九月一三日付意見書で述べたとおり、大分食鳥及びその関連会社である本多飼料の破産事件記録を管轄裁判所の大分地方裁判所から取り寄せることにより、大分食鳥の債権債務関係、資産状況は明確となり、なおかつこれで不十分となれば原告において大分食鳥より関係書類の提出を受けてこれを法廷に顕出する予定である。(後述のとおり大分食鳥代表取締役河野義丈は本件訴訟の進行に全面的に協力する旨言明している)

次に価格賠償額の点については原告が既に本案訴訟において提出済の売掛帳(甲第一号証)によってもブロイラー雛の取引価格は明確となるし、ブロイラー成鳥についても本件売買契約当時の時価相場を業界新聞等の書証により明らかにすることは十分可能である。

五 かようにして本件訴訟におけるいずれの争点についても書証により立証することにさしたる難点はないばかりか、証人についても原告及び被告の各代表者本人並びに大分食鳥代表取締役河野義丈の三名の取調べを実施すれば、同人らはいずれも本件の経緯を知悉し、かつ養鶏の専門的知識を有しているため詐害意思の有無及び価格賠償額という争点のみならず、被告の強調する大分食鳥破産時の特殊事情を明らかにすることができると思料する。

なお、証人として尋問予定の右河野義丈が本件訴訟の審理に協力して徳島地方裁判所阿南支部に出頭する旨誓約していることは前記意見書末尾に添付した同人作成の同意書のとおりである。

六 以上のとおり本件訴訟は前記書証の取調べ及び数名の証人尋問が予想されるにすぎず、徳島地方裁判所阿南支部において審理することに多大の費用、労力、時間を費やすなどといった格別の障害はない。

なお、当事者本人の旅費日当について互いにやむを得ない出費と考えるべきであるし、右立証予定からすると被告に多大の費用、労力、時間を費やすことになるとは到底考えられない。

しかるに原決定は本件における証拠資料、立証計画等を具体的に検討せず、特段の理由を示すことなく当事者その他の関係人に著しい損害を発生させ又訴訟を遅延させるとして移送決定をなしたもので到底承服できない。

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